日本の未来 雑談

【要注意】SNS上に棲息する「正義依存症」の人々

かんかん

この数年、「炎上する」という言葉が流行っています。

情報を発信する側にとっては恐怖の対象であり、隠れて批判を繰り返す側にとっては盛り上がって狂喜に繋がっているのかもしれません。

炎上すれば話題になるのでそれを狙ってあえて炎上させる「炎上商法」という方法も多くの人が知るようになりました。

炎上のネタと言えば、芸能人の不倫から政治的な批判までさまざまです。

今回は、そんな炎上を引き起こす側である「SNSを通して批判する人」についての記事です。

結論から言うと、今の日本には「正義依存症」の人が多くなっているので自分がそうならないように気をつけましょうという内容になっています。

 

人間の根源的な感情は2種類

人間にはさまざまな感情があります。喜怒哀楽はもちろん、憎しみや後悔、期待など、全て感情です。

そんな感情も、元をたどれば2種類しかありません。

保育士や産婦人科で働く看護師さんなら絶対知っていることですが、人間が生まれて1番最初に分かれる根源的な感情は「快or不快」です。(ブリッジスの情緒分化図)

それは大人になっても変わりません。どんな感情も、根源的には「快」か「不快」かのどちらかです。

2者択一ですから、誰だって常に「快」の状態でいたいと思うのが普通だと思います。

そして、このご時世、簡単に「快」が得られるのがSNSなんです。

人間の本能

tookapic / Pixabay

人はルール違反した人を罰すると、その処罰をしている最中にドーパミンが分泌されて快楽が得られることが分かっているらしいのです。

SNSというのはその快楽を手軽に得やすい環境になっています。

常識外れのことをしている人や社会のルール違反を犯した人に対して批判の声をあげることで快楽を得ることができるので、どんどん中毒になっていきます。

そして、多くのSNSは匿名で参加することができるので対面では声をあげられない状況でも、ネット上ならハードルが低く感じるというのも日本人の気質に合っています。

正義という快楽を求めてネット上でさまよう人のことを"正義依存症"といったりするそうです。

正義ってなに?

正義というのはとても難しい言葉です。なぜなら時代によって「何が正義か」が変わるからです。

ある時代のある国では人をたくさん殺して土地を奪うことが正義でした。かと思えばある時代のある国では人を殺さないことが正義だったりします。

置かれている立場や生い立ちによって人それぞれの正義というものは大きく異なります。

ネット上で自分の正義を掲げて誰かを批判することは、どうしても許せない場合などは声をあげたほうが良いのかもしれませんが、昨今の炎上内容を見るとほとんどの内容は自分が快楽を得るための批判になっている場合が多いように思います。

①誰かが◯◯について批判しているのを見つける

②なんとなく自分もそう思う

③便乗して批判する

④責められている人を相乗りして責めることで快楽を得る

⑤次の批判対象を探す

①に戻る

こういう無限ループを繰り返している人がSNS上には多いと思います。

ポイントは「②なんとなく自分もそう思う」という部分で、「なんとなく」ではなく、明確な理由や自分なりの確立された信念があればいいのですが、実際は「なんとなく」で批判をしている人が多い気がします。

 

アンパンマンの正義

世の中には"揺るがない正義"というのもあります。

たとえば、アンパンマンには圧倒的に確立された正義があります。
それは「お腹が空いている人がいたら食べ物を分けてあげる」という正義です。

これは作者のやなせたかしさんが自身が戦争に参加していた時の実体験から生まれた強い思いですが、どの時代、どの国でも「飢えて苦しんでいる人に食べ物を分けてあげる」というのは正義ではないでしょうか

その点でいえば、ONE PEACEのサンジも同じ正義を掲げていますよね。

しかし、SNS上で批判を繰り返す「正義依存症」の人たちはおそらく確立された正義などは考えたこともなく、「なんとなく気持ちが良いから」という思いで会ったこともないような人に対して厳しい言葉や否定的な言葉を向けているのではないでしょうか。

批判する前にまず考えてみる

Free-Photos / Pixabay

冷静に考えてみたら分かるのですが、世の中で炎上している出来事って自分にどのくらい影響があることかを考えてみると、例えば芸能界の出来事ってたいして影響なかったりしませんか?

それよりも、何か事件や事故が起きたら、自分が同じ状況に置かれたらどうするかとか、その出来事について子どもと一緒に考えてみるとか、そういうことが優先できるんじゃないかなと思います。

つい最近も「アンパンマンのアンパンチが暴力的な表現だから子どもに見せるのはいかがなものか」というニュースが炎上していましたが、それも同じで「殴るのは良くないよね、暴力だもん」と決めつけた人たちが短絡的な思考でアンパンマンを批判したのでしょう。

この例で言えば、子どもが4歳や5歳であれば一緒に考えることもできると思います。

子どもたちはよく考えているので、アンパンチについて聞いてみたら「弱い者いじめをしたり意地悪してるバイキンマンをやっつけてるだけなんだから悪くないよ」とか「アンパンマンはジャムおじさんやカレーパンマンにはアンパンチしないよ」といった大事なことに気がつくかもしれません。

それを大人たちの勝手な正義で「アンパンマンを子どもに観せるのは良くない」となってしまうのはとてももったいないと思ってしまいます。

 


自分が不快だと感じたことを批判するのは簡単です。

「嫌だな」「気持ち悪いな」と思ったことに対してそのままの気持ちを言葉で表現すればいいだけですから。

でもぼくたちは大人なので、その「不快」な感情を上手くコントロールした上で「どのように嫌なのか」や「なぜ気持ち悪いと思ったのか」まで説明できると良いんじゃないかなと思います。

 

まとめ

CQF-avocat / Pixabay

SNSでだれかれ構わず相手の揚げ足とって批判を繰り返している人はこの記事を見ていないかもしれませんが、もし思い当たる節があって「気をつけよう」と思うのであれば、ぜひ自分なりの「正義」を考えてみて欲しいです。

そして何かに対して批判をする時はぜひ、その対応策も合わせて伝えるといいと思います。

「〜がいけない!◯◯にした方が良かったかもしれない。」
「〜するなんて最低!私だったら◯◯すると思う。」

みたいに、自分の意見も合わせて述べると良いと思うんですよね。

もちろんその意見を聞いて相手に響くかどうか、相手が受け入れるかどうかは別問題ですが、少なくとも議論の土俵にはたったことになるので、批判だけして逃げる人よりは立派かなと思います。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。この記事で伝えたかったことは1つ。

"正義依存症"にならないように気をつけよう。

です。

自分の人生に全く関係のない他人の人生を遠い場所から批判して逃げるような人たちが減って、多様な個人の考え方や多様な意見が認め合える世の中になればいいなと思います。

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