「子どもには幸せになって欲しい」
「つらい思いはして欲しくない」
ほとんどの大人は子どもができてパパやママになると、そう思うようになりますよね。
そして考え始めるのが「そのためにはどうしたら良いのか」です。
どのように子どもを育てるのか、いわゆる「教育方針」が必要になります。
しかし、子どもができてから分かってくるトラブル??が「パパとママの教育方針の違い」です。これに悩むパパママは多いと思います。夫婦で教育方針のすり合わせがうまくいかず、家庭の雰囲気が悪くなって子どもが変に気を遣いはじめたり、、、
子どもにつらい思いをさせたくなくて教育方針をすり合わせようとしているのに、そんなパパとママを見て子どもたちが嫌な気分になってしまったら元も子もないですよね。
そこで今回は保育士のぼくが、夫婦で教育方針が違うことが分かった時に役立つ考え方を紹介します。
パパとママの教育方針が全然違う??
まずはじめに確認しておきたいことがあります。
そもそも、パパとママの教育方針は一致していた方がいいのでしょうか??なぜ一致していた方がいいのでしょうか??
ぼくは保育士として、子育て中のパパやママと関わる中でこう思うようになりました。
パパとママの教育方針の違いは、あって当然。あるのが当たり前です。
なぜなら、パパとママは子どもの頃から大人になるまで、それぞれ異なる環境で過ごしてきたからです。
もし仮に、小さい頃から同じ家で暮らし、同じ大人に育ててもらい、同じ食事を食べ、同じ学校に通い、同じ友達をもち、同じ部活をし、同じ受験や就活を経験してきたのであれば、教育方針も限りなく似てくる可能性もあります。
が、ほぼ100%そんな夫婦はいないはずです。
違う子ども時代を過ごしているし、異なる出会いや学びを経験しています。
だから、「子どもはこう育てたい!!」という教育方針が違うのが当たり前なんです。夫婦になると、「価値観を合わせなきゃいけない」とか「夫婦なんだから考え方も合うよね」と思いがちですが、
好きな食べ物や休日の過ごし方ならまだしも、子育てはそう簡単にはいきません。
「パパとママの教育方針は最初は違って当たり前」
このことを踏まえた上で、次に進みます。
赤ちゃんでも「選ぶ力」を持っている
さて、次に子どもの目線で考えてみてください。
あなたの子どもはどんな教育方針を望んでいるでしょうか??
子どもは、どんな小さな赤ちゃんでも、「自分で選ぶ力」を持っています。子どもは自分で選びたいのです。なぜなら、自分の人生だから。
保育園では、子どもの選択する力をよく感じる場面が多くあります。
例えば。
1歳児クラスでご飯を全然食べない子どもに、「ご飯かお汁かどっち食べる??」と聞くと必ずどちらかを選び、食べ始めます。
「ほら、ご飯食べて」とスプーンを口元まで持っていっても食べないのに、「どっち食べる??」と聞くと自分で選んで食べ始めるのです。これは、「自分で選んだ」という子どもの自尊心が刺激されるので、積極的に食べ始めるのだと思っています。
もちろん、それでも「食べない」という選択をする場合はそれも子どもが自ら選んでいることです。
せっかく子どもが自分で選んでいるのですから、その思いは大切にしてあげたいと思っています。
人生は「選ぶこと」の連続
大人でも子どもでも、毎日の生活は「選ぶこと」の連続です。
朝起きた時、「布団からすぐ出るorもうちょっと寝る」も選択。
朝ごはんを「パンorごはんor食べない」にするのも選択。
子どもの習い事やスポーツ教室、塾、受験、就職など、「選ぶこと」は山のようにたくさんあります。
その一つ一つの「選ぶ場面」でどんな選択をしたかが、その後の人生にも影響を与えたりしますよね。
そしてたいていの人は良くない選択をしたことを悔やみ、より良い選択ができるようになりたいと願うようになります。
だから大人は親になると、子どもに「失敗して欲しくない」「より良い選択をして欲しい」と思って、自分が経験してした常識の中の選択肢を与えようとします。
スポーツを習って人間関係や忍耐力を学んだパパは、子どもに野球やサッカーを習わせあげたくなるし、
ピアノを習って器用さや感性が豊かになった自覚のあるママは、子どもにピアノやダンスを習わせてあげたくなるわけです。
そうやって出来上がるのが教育方針です。
しかし、ここには問題があります。
その問題とは、親が良かれと思って選択肢を提供することが、子どもにとっては「選択する力」を養う機会が奪われることに繋がることです。
親がレールを敷くデメリット
子どもは、小さい頃からたくさんの「選ぶ経験」を積み重ねることによって、自分の納得のいく人生を進んで行くことができるのではないでしょうか。
よく「親の敷いたレールを歩く人生」なんて言われたりしますが、それはつまり、子どもから「選ぶ経験」を奪っていることとイコールだとぼくは思っています。その「レール」というのはたいてい親の教育方針を強く押し付けるから生まれるものです。
そして、「選ぶ経験」というのは習い事や進学先のような大きなことばかりではなく、日常のほんのささいなことも影響しています。
日常生活で言えば、食べるもの、着る服、遊ぶものなどが身近なものだと思います。
たとえば、
お腹の空いたあなたがレストランに入ったとします。すると、注文をとってもいないのに、「今日はこれ食べな」と店員さんが目の前に料理が出してくる状況。どう思います??
食べてみると美味しかったのでそのまま食べていると、あなたはそのうちにお腹いっぱいになってきました。もうこれ以上入りそうにありません。
すると、料理人らしき人が近づいてきて「ほら、もうちょっとくらい食べれるでしょ?」「ほらあと一口だけ」と言いながら何度も何度も口に運ぼうとしてきます。
この状況、あなたは「自分で選べている」と思えるでしょうか??結構な「不快」じゃないでしょうか??
続きになりますが、レストランでお腹いっぱいになったあなたは服屋さんに入ったとします。すると、店員さんがいきなり、一着の服を渡してきて、「あなたにはこれが似合うと思うからこれを買いなさい」と言ってきたらどう思いますか??
あなたが「なにこれ、ダサい服」と思ったとしても、店員さんは「そんなわけないでしょ、私が良いと思ったんだから間違いないわよ」と価値観をぶつけてきたら、、、
そんな服屋さんイヤですよね。「どれがいいかなぁ」と選ぶ経験もできないし、そもそも不愉快でしかない状況です。
しかし、このレストランや服屋さんと似た状況を、先生や親といった大人は子どもに対して結構やってしまっているものです。
人は自分の意思を無視して勝手に選ばれるととても不快に感じる生き物です。
そして、人は自分で選べないと「自分には選ぶ能力が無い」と勘違いしてどんどん自信を失っていきます。
子どもには子どもの自尊心があるし、子どもの「選びたい気持ち」があります。
その「自尊心」や「選びたい気持ち」を小さい頃から満たされることによって、子どもは自信を持って大人になっていくことができるのだと思います。
教育方針の違いは選択肢の幅広さ
さて、ここまでの話を踏まえて「夫婦で教育方針が違うこと」に対してぼくがどう考えているか。
ぼくは「夫婦で教育方針が違うこと」は、子どもがそれだけ幅の広い選択肢の中から自分の好きな道を選ぶことができることに繋がるからとても良いことだと思っています。
子どもの選択する力の話をしたのも、子どもの人生は子どものものであり、何を選ぶかは最終的には子ども自身が選んだ方がいいと思っているからです。子どもには「自分で選ぶ力」が赤ちゃんの頃から身についているのですから。もし夫婦どちらもの教育方針が「高学歴・高偏差値・高収入」で一致していたとしたら、子どもは選択肢が極端に少なってしまいます。
しかし、途中で書いたように、「パパはスポーツが良いと思っている」「ママはピアノや芸術が良いと思っている」そんな教育方針を持つ家庭であれば、子どもはスポーツから芸術の範囲という広い選択肢の中から選ぶことができますよね。
それに加えて「学校の先生は偏差値が重要だと思っている」「親戚のおじちゃんはIT系が良いと思っている」「おばあちゃんは自然と関わることが良いと思っている」。そうやって価値観が違う人にたくさん触れることによって子どもは、たくさんの選択肢の中から自分の気になる道を選ぶことができるようになります。
つまり、夫婦で教育方針が違うというのは実は何の問題もなく、むしろ子どもにとっては喜ばしいことなんです。
親がしてあげられること
というわけで、ここまで話が進むと、親が子どもにしてあげられることも見えてきます。
親ができることは、
自分の教育方針を押し付けることでもなく、
夫婦で教育方針をすり合わせることでもなく、
子どもがより多くの選択肢を知ることができるように、さまざまな価値観や進む道があることを教えてあげることではないでしょうか。
そして、最終的には1番良いと思った道を子どもが自ら選んで進んでいけるようにサポートしてあげることではないでしょうか。
そうすることで子どもは、視野がどんどん広くなり、挑戦と失敗を繰り返しながら自分がイキイキできる環境を自ら見つけていくことができるのだと思います。
ちなみにですが、もし教育方針の違う夫婦のどちらかが、相手に教育方針を押し付けたり無理矢理支配しようとする態度を見せると、子どもはこう学びます。
「あ、そうか。人間関係をうまくやっていくには、相手を無理矢理コントロールするか、弱いほうが折れて従えばいいんだ」
そうなると子どもは、
友だち関係の中で自分の考えや思いを相手に押し付けたりしたり、
どうしたら相手をコントロールできるかばかり考えるようになったり、
強い相手に強要されても自分を押し殺して我慢し続けたりするようになってしまいます。
そんな事態は避けたいですよね。
このことからも、たとえ夫婦の教育方針が違っても無理矢理すり合わせる必要はないと思うのです。
まとめ
今回の話で一番大事なことは、
子どもの生き方はその子自身が選ぶ
ということです。
良かれと思って教育方針や価値観を示すことが、子どもの可能性や選択肢を少なくしてしまっていることが少なくありません。
教育方針というのは「我が子に幸せになって欲しい」「つらい思いはしないで欲しい」という親の優しさから来るものだと思います。
というわけで、
夫婦で教育方針のすり合わせがうまくいかず家庭の雰囲気が悪くなる前に、「どちらの教育方針で進めるか」の話し合いは一旦脇に置いて、
いまいちど夫婦2人で、「◯◯(我が子)がどういう生き方ができたら幸せなのか」について話合ってみてはいかがでしょうか。
ちなみにぼくは、「自分の好きなこと・やりたいことをなるべく早い段階で見つけ、それを四六時中やっていられること」が一番幸せだと思っています。そのために子どもと関わる時はいろんな選択肢や価値観に触れられるように、自分自身も好奇心と行動力を忘れずに日々過ごすようにしています。
今回の記事の結論
「夫婦の教育方針が違うことは子どもにとってメリットになる」
これがぼくの考え方です。
最後まで読んでくださってありがとうございました。